遠くに見える山々の木々は色濃くなり、近くの果樹園のモモやリンゴの葉もすっかり出そろい、隣の田んぼに植えられた稲の苗が田一面に張られた水から顔を出してユサユサと揺れる、そんな緑の溢れる風景のなかで、ぼくらの麦畑では伊賀筑後オレゴンが黄金色に染まり、まるでここだけに秋が訪れてきたようだ。
「麦秋」はなんとも趣がある。その言葉の響きも好きだ。
しかし、麦畑の状態はそうそう美しい絵のようにはいかない。黄金色に緑がまだら模様に混じっている。ぼくらは昨秋に麦まきをして以来、麦畑をずっと放ったらかしたままだったので、雑草にだいぶ侵食されていたのだ。
麦にカラスノエンドウがまきつき、ギシギシは麦よりも背を伸ばして畑のところどころで自己顕示し、場所によっては麦の根元を覆い尽くすようにスギナが群生している。
「畑は主をあらわす」といわれるが、そのとおりだと自覚する。とっ散らかした自分の部屋が頭に浮んでくる。だが、晴れ渡った青空のもとで心地よい風に吹かれて、畑の主は自分に不都合なことはすぐに忘れてしまうのだ。
友人の陶工・岡本一道さんは「作物は眠っていても育つが、焼き物というのは自分で形をつくらなければ、朝、目が覚めても粘土は前の夜のままです」と言う。この話を聞いたとき、農民というのは何と恵まれた仕事なのだろうと、ずいぶん得をしたような気分になった。実際、自然の力はすごいと思う。こうして時季がくれば、小麦は稔り収穫ができるのだから。
しかし、よくよく考えてみると、たとえばモモならば収穫のタイミングが少しでも遅れると熟しすぎになり、さらに放っておけば腐ってしまう。麦だって収穫しなければ実は穂から落ちるし、あまり雨が続くと穂についたまま芽が出てしまうこともあると聞く。
やはり、何でもそうそう都合よくはいかないと、当たり前に気がつくのだ。
そんなわけで、きちんと日取りを定めて、ぼくらも麦刈りをしなくていけない。
6月半ばになると小麦の穂はすっかり黄色くなるが、その色だけで実の熟度は判断できない。ちょくちょく畑に行って穂から麦粒をもぎとり、その硬さを調べるのだ。最初はブチュッとつぶれてしまう。これが指で強く圧しても変形しなくなれば、麦刈りの日は近い。そんな麦粒をかじってみると、なかはもう真っ白になっていて小麦粉の味がする。
今年は6月25日(日)が麦刈りだった。草をある程度は取っておかないと、麦を刈るときに支障をきたす。そこで前日の午前中に草取りをした。汗でベタベタした肌に麦のノギが刺さってチクチクし、けっこう辛い作業だ。
しかし、これさえ終われば、麦刈りは機械を使うので楽チンだ。日曜日は曇り空だったが雨の心配はなさそう、ならば決行だ。仲間たちは平日仕事なので、この日のうちに脱穀まで済ましてしまう。
3万円で買った中古の脱穀機が途中でトラブルを起こしたが、なんとか騙しだましお昼すぎには、すべての仕事を終えた。後は、それぞれが家に持ち帰って小麦を天日干しする。そうすれば小麦色の粒たちは粉になるのを待つばかりである。
麦刈り作業が終わった後は、畑にシートを敷いてみんなで軽く祝宴である。このときのビールは格別うまい。「小麦さん、無事に育ってくれたから、うまいビールにもありつける。サンキュー・ベリー・マッチ」という気持ちになるのだ。
ほぼ10年、こうして小麦の生長を眺め、麦刈りをして、そのあとは祝宴、というお決まりのパターンを続けてきた。その年の気候によって、小さな変化はあるのだが、基本的な1年のサイクルは何にも変わらない。
一方で、社会の変化は目まぐるしい。ぼくは環境問題に長年かかわり、ときには行政と対立し、ときには行政と協同で仕事もする。そうなると、国や世界は今どう動こうとしているのか、など社会の最前線の情報に目がいく。市政がどうした、ヤッシーの田中県政がどうした、環境派の議員を国政に送ろう、など政治の動きにも敏感になる。実際、それで走り廻って忙しくしているときもある。それはそれで必要なことだと思っている。しかし、どうしてもリアリティに欠ける。
麦畑は逆だ。誰がなんと言おうと、間違いなく空には太陽があって、雨が降ってきて、季節は移ろっていく。この畑で生長する小麦も雑草も、麦を食べにやってくるスズメにも、畑をトンネルだらけにするモグラにも、すべに命が宿っていて、それらがこの空間のなかで小さな世界を織り成している。それを強く実感する。
でも、それなら自分の畑でもいっしょでしょ、と問われるかもしれない。しかし、違うのだ。この麦畑には多くの人が関わっているが、誰もここで個人の利益を求めているわけではない。損得で集まるのでもない。
本コラムのその4「ホビットの挑戦」で書いたとおりで、未来へのビジョンを共有することで、みんなが結び付いている。
畑はいい。会議なら論を張らなくてはいけないが、ここでは野良仕事と祝宴を共に過ごすだけで十分なのだから。みんな「旅の仲間」なのだ。 |