なぜ田中康夫長野県知事の「脱ダム」宣言はあれほどウケタのか、と考えたことがある。先ず何よりもイメージが広く共有されたからだと思う。
そのイメージとはなつかしい川の風景。誰もが心のなかに描いている、例えば「どんぶらこっこ」と桃が流れてくる、あの昔話の川のイメージ。あるいは、美しくあってほしいと願う「ふるさと」の風景を形づくる川。
川を堰き止める巨大なコンクリートの塊はなく、真っ青な空の下を清らかな水が滔々と流れ下っていく自然のままの川、それが戻ってくるかもしれないという未来への希望として共感を呼んだ。そう思った。
環境問題を解決していくには、「ああしろ、こうしろ、あれはするな、これもするな」が最初にあってはダメ。これは分別臭い校則といっしょで、共感は得ない。「地球にやさしい」とか「循環型社会」、「自然との共生」などいう抽象的な目的を掲げただけでもダメだ。イメージが湧かない。まず必要なのは、誰もが想像できる風景としてビジョンを描くこと。
田中知事誕生以後、ぼくは何人かの仲間たちと長野県の地球温暖化防止の計画づくりに関わってきた。最初に取り組んだのは、長野県温暖化防止活動推進センター内にできた検討会の一員として、県に対する提言書「地球温暖化対策『長野モデル』」(完成後にそう名付けた)を策定する作業だった。そのときにみんなで共有したのは、分かりやすいビジョンにしようという目的意識だった。
ダムに代表される「コンクリートづけ社会」とは違って、「化石燃料づけ社会」の結果として表れる地球温暖化の影響は目に見えないので、人に理解してもらうのが難しいとよくいわれる。しかし、「脱温暖化」社会だって風景として示すことはできる。
以下は、「長野モデル」提言書の冒頭に掲げた「2010年の長野県」という文章の抜粋だ。県外から訪れた人が、県内に住む友人に長野県の感想を語る、という設定になっている。本コラムのコーナーでぼくの前に連載をしていた岡本一道さんがこの原案を書いた。
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峠を越えると他ではあまり見かけない木製のガードレールが目立ち、長野県に入ったことが分かります。
車窓に広がる唐松林は以前に比べてずいぶん手入れが行き届いているように感じます。
間伐材をペレット燃料として利用し始めてからのことと聞きました。地場産エネルギーの利用や地産地消ができるなんて、都会に住む私達からすれば羨ましい限りです。
今は朝のラッシュ時のはずなのに、長野市内の車は意外なほど少なく、スムーズに流れています。マイカー通勤を半減させ、公共交通機関に切り替えた結果だとバスの運転手さんが説明してくれました。観光地に入ってもバス等は優遇されているので、快適な旅が楽しめます。長野県には飲料用自動販売機が少ないですね。
観光地はもとより市内でも街並みがすっきり美しく見えるのは、そのせいかもしれません。それから、コンビニや大型店舗なども午後11時には店を閉めるそうですね。信州の美しい星空も、今回の旅の楽しみの一つなので、期待できそうです。
そういえば友人が言ってましたっけ。「長野県は変わったよ。ここに暮らしてほんとうによかった」と。
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網のかかっている部分は一つひとつが温暖化対策の項目になっている。しかも、この対策を実施すればどれだけCO2等の温暖化効果ガスが削減されるのか数値も計算されている。達成すべき目標を風景として表現し、そこに至るための具体的な施策をできるだけ絞り込み、削減値の裏づけをしたのが、この「長野モデル」だった。
「長野モデル」を田中知事は高く評価した。そして、真っ先に動き出しのは木製ガードレールだった。県産の間伐材を使った「信州型木製ガードレール」を県は企業と共同開発して、2004年度からは県内への設置を開始した。今やこのガードレールは「信州発」として、和歌山県など8県でも普及し始めている。大いにけっこうなことだ。
なお、写真の丸太をつかった方のガードレールは長野県の代表的な木であるカラマツ材を使用したで、県庁の入り口に見本として置かれている。道に設置された方はスギ材である。
ところで、温室効果ガスの削減量からみれば、鉄製ガードレールを木製に替えていくことによる効果はたかが知れている。これはあくまで温暖化対策のシンボルでしかない、ということもまだ事実なのだ。木製ガードレールをさらに普及させながら、他の対策にもどんどん取り組んでいってもらわなくては、温暖化防止にはつながらない。
しかし、残念ながら、他の対策については停滞気味なのだ。
田中県政を例えれば、派手な打ち上げ花火大会。あれこれ注目を浴びことには手をつけるのだが、どうもとっ散らかし放し。政策の持続性や深まりに欠けてしまう傾向が強い。2010年はもう目の前に迫っているのに、「2010年の長野県」に描いた風景の達成は遠い。
政治的なリーダーシップへの期待のし過ぎはまずい、ということを田中知事は教えてくれた。ぼくらも知事の共感を獲得することばかりに気をかけすぎた――反省。「脱ダム」宣言とは違って、温暖化防止のビジョンはまだまだ力不足なのだろう。もっと広く共感を得ていくための粘りも必要――心しなくては。 |