『指輪物語』(J・R・R・トールキン)は印象深い本のなかの1冊だ。最初に読んだのは20代のとき、さらに20年近くたってから、ちょうど「ロード・オブ・ザ・リング」として映画化される少し前、もう一度読み返した。
この物語の面白いところは、悪しき力に対してより強い力で打ち勝つのではなく、世界を支配しようとする力(権力)そのものを消し去るという筋書きにある。悪しき力を司る者は敗者となるが、それに取って代わる新たな支配者は誕生しない。
ウルトラマンのようなスーパー・ヒーローものとも、戦国時代の天下とり物語とも違っている。テロを撲滅させるといって爆弾を落とすアメリカの「正義」をかざした戦争とは対極にある。主人公は特別の力をもたない食いしん坊の小さなホビットたち。彼らは力の誘惑に葛藤しながらも旅を続け、強大な力を与える指輪を最後にこの世から葬るのだ。
さて、『指輪物語』のような壮大な展開をして完結していく物語を、現実の世界で真似ようとしても、到底できることではない。しかし、ホビットの意気込みぐらいは持ちたいものだといつも思っている。
そんな思いで取り組んできたのが、川中島の遊休農地での小麦づくりだ。これを仲間達といっしょに始めてからほぼ10年が経つ。
かつては川中島平で日常の風景だった麦秋が消え去ったのは昭和30年代前半だった。日本が高度経済成長期にはいって、農村が崩壊していった時期と重なる。アメリカの食料戦略によって、小麦が大量に安価で輸入されるようになり、学校がパン給食になったのもこの頃だった。
農家の高齢化も進み、人の手が入らずに荒れる農地も増えてきていた。そんな遊休農地を利用して、何か地域の食文化を象徴する作物を栽培してみたいと思った。そして、ぼくらは小麦の復活を目指したのだ。
品種として選んだのは「伊賀筑後オレゴン」種だった。以前に川中島平で栽培されていた品種で、この粉で打ったうどんはとてもおいしかったと年寄り達はなつかしむ。それならば、地域の人々の舌と心からまだ根が絶えていないこの種を蘇らせようと考えた。
あるところから一握りの種を分けてもらい、それを何年かかけて増やしていった。その取り組みが新聞やテレビでも取り上げられて、種を分けてほしいという問い合わせが何件も寄せられた。栽培が広がることは、当初からのぼくらの願いだ。それゆえに種は無償で分けている。ただ、その行き先は川中島平以外がほとんどだった。
こうしたなかで、足元で新しい展開が見えてきた。
川中島にある知的障害者施設「エコーンファミリー」が、ぼくらの畑とは別の遊休農地で伊賀筑後オレゴン種の栽培を始めたのだ。施設ではパンをつくり販売している。
このパンづくりに結びついた小麦栽培のサポートを呼びかける、できたてホヤホヤの趣意書の一部を紹介しよう。
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ある日、パンを作っている障害者に「パンは何から出来ているの?」と聞いてみたら、「えっ、何? お米かなー」という答えが返ってきました。そうか、知らないのか。だったらパンは小麦から作られていること、その小麦がどう育つのか、彼らに知ってもらいたいと思ったのです。そんな折、川中島の遊休農地で麦作りをする話が出てきました。これは良いチャンスと思い、彼らと一緒に麦まきから収穫までの作業をしました。
今、障害者施設で作るパンといえども、美味しいだけではなく、特色がプラスされないとリピーターは増えない時代です。そこで、「伊賀筑後オレゴン」小麦、これを私たちのパンの新しいブランドとするために、自分たち自身の手で栽培することにしました。
しかし、農業に不慣れな障害者だけではとても力が及びません。ですから、地域の皆さんのお力添えをぜひともいただきたいのです。なにとぞよろしくお願いいたします。
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ぼくらの畑での小麦栽培は、「食」や「環境」についてのあり方の問いかけに留まっていた。しかし、エコーンファミリーが栽培に取り組む畑は、そこから一歩踏み出して、地域づくりの拠点になろうとしている。
ぼくが関わる2枚の麦畑はわずかな面積にすぎない。前回まで2度にわたって紹介したマンモス店舗の面積19ヘクタールに比べれば、どちらの畑もせいぜい200分の1程度のものだ。広大な農地を瞬く間にコンクリート化する都市開発の波を、ぼくらの取り組みで押し戻すなどということはとてもできない。
それでもなお、一握りの種から始まった伊賀筑後オレゴンの栽培はこの数年で別の畑へ広がり、そこから新たな発信も始まっている。大規模な開発に対抗するような力はなくても、せめてホビットたちにあやかり、もう一つの地域づくりに挑戦していきたい。
10月の終わりに小麦の種まきをした。半月たった今、ぼくらの畑でもエコーンファミリーの畑でも、麦はしっかり芽を出し、10センチほどに伸びた。寒い冬を越して、来春になればぐんぐん生長するだろう。
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