ある日、妻が息子を保育所へ送っていった帰り道、道路脇の屋敷林で大きな欅(けやき)が切り倒されているのを見つけて僕に教えてくれました。(その日は、運動不足解消とガソリン節約のためにと、珍しく自転車を使ったからでしょう。自転車は風景をゆっくりと見せてくれます。)
すぐに軽トラに乗って、その「現場」に駆けつけると、直径1m程、長さ10m以上はありそうな欅の幹が屋敷林から畑に引きずり出されて横たわっていました。
欅は東京にいた頃も屋敷林や街路樹で見かけて、とても馴染みのあった木で、真直ぐに伸びた幹から空に広がる枝ぶりが気持ち良く、好きな木の一つでした。
大きく成長した欅は、根本から上を見上げると、木というよりもタワーのような感じさえします。
たまたま、畑の傍らでご近所の方とお話されていたそこのおばあちゃんとおじいちゃんに聞くと、その欅は神社の鳥居になるのだそうです。
僕は4月に家族でこの地へ越してきた事、木でモノ作りをしている事などを話すと、「どうせ、枝は燃しちゃうから使うんだったら持って行きな〜」と言ってくれました。
これまでもケヤキの枝は、漆で仕上げたアクセサリー、小さな椅子やおもちゃなどに使っていたので願ってもない話です。
聞くと、他にも以前切った木がゴロゴロしているとの事。
そのお宅では、屋敷林の手入の為に毎年たくさんの木をが剪定したり伐採したりするそうで、昔であれば、薪風呂やかまどの燃料として使われていたのでしょうが、今は必要がなくなり畑で燃して処分しているそうなのです。
たとえ、モノ作りの材料として使えないものでも、冬になり作業場に薪ストーブを取り付けたので、燃料としての薪に不自由していた僕としては嬉しい話です。
早速、軽トラで2往復して、サクラ、イチョウ、カリン、カキ、ケヤキなどの広葉樹をたくさん頂きました。
妻にも加わってもらい運び終わるまでの間、その屋敷林が冬の強風を防いでくれている事や、周辺の下草刈りや木や竹の間引きの事など、丁寧にその林を手入れされている様子と、一つ一つの木に思い入れがあることなどをお聞きして、ご夫婦がそこの樹木や自然をとても愛されていることが伝わってきました。
里山の美しい風景というものは、ただ漫然とできあがった訳ではなく、その土地特有の自然環境とそこに住んでいる方々の長年の御苦労によって作り上げられ、自然と人間活動とが調和した一つのカタチなんだと改めて感じました。
僕たちもいつか、そんな風景をつくる一員になれたらと思います。(今は、家の周りは雑草も伸び放題ですが・・・)
僕は、東京にいた頃から、都市で不必要とされていた枝を使ってモノ作りをしていました。
土地売買により商業店舗に変わる為に伐採された欅林、雑木林を保全する為の手入れによって伐採された樹木、枝打ちされた街路樹や公園の樹木、等など、都市にも樹木はたくさんあり、そこから発生した枝や、時に幹などは焼却処分するしかない厄介ものという扱いです。
そんな自然の産物に、もう一度命を吹き込みよみがえらせたいと思って作り始めたのです。
木を使って家具やモノを作る際、例えば山の中で200年間生きた大きな木を使う場合、しっかり壊れずに作り、使い手も捨てずに大事に使えば、再び同じだけの時間を生き続けることができ、その間は必要以上の伐採を抑える事ができるはずです。
しかし、たとえ、ほんの数年で切られてしまう小枝であっても、手をかけてあげることで数年といわず、もっと長い時間、生き続けることができるのではないか、そして、モノ作りの為に自然に与える負の影響を小さくすることができるのではないかと考えました。
また、材木屋で購入する木材の多くは、何処でどのような環境で育った樹木か、どういった事情でそこにあるのかを知る事は困難です。
剪定された枝や、身近な所で伐採された樹木であれば、作り手の僕としても、それが生きてきた環境を把握する事ができ、それも含めて品物に投影できれば、受け手としてのお客さんにも、その品物を通して身近な自然を感じていただけるのではと思いました。
地球上の全ての物は自然からの頂き物。
プラスチック製品にしても原料は石油ですが、石油も元は、太陽の光を浴びて育った太古の動植物の死骸が変化したもの。しかし、それが出来るまでにあまりにも時間が長く、産地が日本から遠すぎる上、品物として完成するまでに複雑な工程を経ている為に、完成した品物から自然の中で生きていた頃の環境を想像することは絶望的です。
自然の素材が生まれるところからモノが出来るまでの過程を、僕たち作り手が受け手に伝える事で、そのモノを通しての「自然とのつながり感」が増すのではないかと思っています。
自然から頂いた際の恵みや思いをバトンとしてリレーするように。
軽トラの荷台から広葉樹を作業場周辺に運び終え、モノ作りの材料にならない分を薪ストーブにくべながら、こうして同じような考えをお持ちの方に出会えた嬉しさと同時に、頂いた木を無駄にせず、素材にまつわる様々なストーリーを絶つ事なく、携わってきた人の気持ちも伝わるようなモノ作りをしていかなければならないという責任も感じたのでした。
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