今住んでいる家の回りは、山と田んぼと畑です。
近所のお宅は専業農家もあれば、兼業農家もあり、自家用の米と野菜だけ育てておられるお宅もあります。どこの畑もよく耕され、手入れされて、いつも美味しそうに野菜が育っていますし、田んぼは畦の草もきれいに刈られて、とても気持ちがいいです。
畑仕事をしているのは、主に60歳代から70歳代のおじいちゃん、おばあちゃんの世代。中にはさらにその上の世代の方もいます。皆さん驚くほど元気で、力持ち。近所の86歳のおばあちゃんがトラクターの荷台にひらりと飛び乗る勇姿を目撃し、私は完全脱帽、無条件降伏している状態です。
土や農作物を相手に、太陽の動きや四季おりおりの自然の流れに逆らわずに生きていると、体も十二分に鍛えられるのでしょうか。ここには働き者のスーパーじいちゃん、スーパーばあちゃんがいっぱいなので、毎日たくさんの刺激をもらいながら過ごしています。私はまだまだ若い世代に入るのですが、体力すら足元にも及びません。怠け者を返上して、シャキッとしなくちゃなぁ、とは思うのですが。
馬頭に越してきてすぐ、近所のおばあちゃん達(と言っても私にとってはお母さんの世代です)に勧められて畑を始めました。皆さん口をそろえて「田舎の楽しみだから、一度やってごらん」とおっしゃいます。すぐにお隣さんがトラクターを乗り入れて草だらけの地面を耕してくださり、分けて頂いた何本かの初心者向け夏野菜の苗と、夫と息子が買ってきたトウモロコシの種を撒いたら、瞬く間に立派な畑が完成。先生付きの楽々畑ライフが始まりました。
しばらくたったある日、今度は近所のおばあちゃんがカボチャの苗と堆肥を手に、裏庭から現れました。どこにしようか相談しながら場所を決めると、穴を掘って堆肥を入れ苗を植えてくださいました。おばあちゃんは、まるで寝ている赤ちゃんにお布団を掛けてあげるように、そぉっとやさしく苗の周りに土を被せていきます。決して「ぎゅっ」と押しつけないその手先からは、作物を大切にしている気持ちがまっすぐに伝わってきて、感動すら覚えてしまったのでした。
植えた苗も無事に根付き、トウモロコシの芽も出、間引きも終わって安心していたら、案の定、梅雨の訪れと共に畑には爆発的に雑草が茂り、楽々畑ライフは束の間の夢だった事を思い知らされました。本業の展示会準備が重なったことも災いして、畑はあっという間に一体何を育てているのか解らない状態となってしまいました。草の勢いには、ただただ感心するばかり。ほったらかしにしてしまった事を悔やみつつ、来年はこうなる前にちゃんと草取りをしなくっちゃ、と思います。それにしても、この有様はあまりに申し訳ないやら、情けないやら…。それでも、雑草をかき分けてトマトやナスを収穫し、トウモロコシを何本も食べ、馬頭での畑の楽しみをすこーし味わったのでした。
さて、おばあちゃん達の畑は、たいてい無農薬栽培です。まっすぐ延びた畝の土は見るからによく肥えていて、虫に負けない力強い野菜たちがひしめいています。広い農地を効率よく使い、途切れることなく何種類もの野菜を育てているのです。「すごいなぁ」と感心すると「長いことやってんだからー」と謙遜するのですが、実はただ漫然と同じ農作業を繰り返しているわけではなく、最近の無農薬栽培の本を読んで勉強もしているし、情報交換をして新しい事も積極的に取り入れているらしいのです。その道ウン十年にあぐらをかかないおばあちゃん達は、ますます尊敬の的です。
そのうちに、皆さん太陽の動きやお天気に合わせて、体に無理のない時間帯に畑仕事をしていることがわかって来ました。真夏は早朝や夕方の涼しいうちが畑の時間で、カンカン照りの日中に畑にいるのは自分の都合で動いている私くらい。「無理すると、続かないよー」「体、壊しちまうと、しょうがないよー」と、声がかかります。
雨降りの日は草取りにもってこいという事も知りました。間引きをするのも小雨の日の仕事です。雨で土が緩むので草取りに余計な力を使わずに済みますし、間引きをするにも隣の根をいためることがありません。雨が降る前に苗を植えれば、あえて水をかける必要もありません。どこの畑も広いので、それが自然を利用した合理的な農作業、ということでしょうか。土砂降りでない限り「晴耕雨読」はここの生活には当てはまらないようです。
こうして、たくさん手をかけてもらって、畑には元気な野菜が次々育ち、「どうせ食べきれないくらい作ってんだから、なんぼでも食べなぁ」と、我が家にも気前良く分けてくださいます。「薬は撒いてないからね。子どもにも安心して食べさせられっから」「育てるのが好きだから、家族が減っても、やっぱりいーっぱい作っちゃうのよ」と、おばあちゃん達は屈託無く笑います。
私達もここで、里山の暮らしのいろいろを学びながら、少しづつでも自分たちの暮らしに取り入れ自然と調和した生活が出来るようになりたいと思います。20年後、30年後には、私もおばあちゃん達のような豊かな生き方が出来るようになっていたいと、大それた事を思う今日この頃なのです。
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