僕は高い崖の上から、目の前に広がる青く美しい海を眺めていた。
「この海で泳いだらどんなに気持ちが良いだろう。」だけど高さ50m位もある崖から飛び込むなんて無理に決まっている・・・。そう思っている僕の横を、海人(ウミンチュ)らしき格好の老夫婦が小走りに通り過ぎ、何のためらいもなく目の前の海に向かって飛び込んでいった。
きれいな放物線を描いて海の中に入っていった二人は、僕の想像したとおり、本当に楽しそうに泳ぎ始めた。
「そうか、そうやって飛び込めばできるんだ。」僕は頭の中で何度も今のシーンを繰り返し、飛び込める事を確信していった。そしてそのシ−ン通りに飛び込もうと思った瞬間、僕はある事に気付いた。
「メガネをしたままだと飛び込んだ時危ないよな。だけど、どこに置いたらいいかな。ここに置き放しにしていたら、盗まれてしまうかもしれないし。」と近くの岩場にメガネを置く場所を探し始めた。そうやって、あちこちをウロウロしていると、だんだん意識がはっきりしてきた。
夢だったのです。めったに夢を見ない僕にしては、実にリアルな夢でした。海の美しさ、老夫婦の飛び込み方、楽しそうに泳ぐ姿、まるで現実にこの目で見たかのように脳裏に焼き付いていました。
僕はその頃、大いに悩んでいたのです。「仕事には、やりがいを感じてはいたものの、後20年以上も活き活きと続けていく事ができるだろうか。」「趣味で始めた木工を生涯の仕事にできないだろうか。」「もっと自然を感じる場所で暮らしてゆきたい。」「子どもたちが小さいうちに田舎暮らしを始めたい。」
「子どもたちと接する時間をもっと作りたい。」多くの夢や希望があったものの、現実的な多くの問題に直面し、次の一歩が踏み出せないでいました。そんな時に、この夢を見ました。この夢を見たことで、心の中で「カチッ」と音をたてスイッチが入り、同時に勇気が湧いてきました。
「そうか、その海が美しく、泳ぐと気持ちが良い事と、飛び込み方は解っているんだ。今まで、メガネをどうするかみたいな、ささいな事で悩んでいたんだ。」と、人から見ればとても都合の良い解釈をして、だけど僕にとっては本当にそのシーンが道しるべであると解釈し、次の一歩を踏み出したのでした。
そうして、2年前の夏に20年近く続けた仕事を辞め、家具製作の技術を学ぶ学校に入り、同時に移住先も探し始めました。幾つも訪れた中で、この昔ながらの里山風景の広がる町が最も僕達の家族にピッタリな環境だと感じ、ここに住みたいと思いました。その後、様々な縁にも助けられ、この春、家族5人で暮らし始める事ができました。
雑木林、畑、田んぼ、小川、ドジョウ、イモリ、カエル、ホタル、セミ、トンボ、カブトムシ、雨、雷・・・。たぶん動物や昆虫の数は昔と変わらず、人間の数だけが減少しようとしている町ですが、子どもたちにとっては(昔、子どもだった僕達もですが・・・)、目を輝かせて遊べる環境がたくさん残っている所です。
今、住んでいる家には、昔、養蚕をしていたトタン屋根の大きな小屋があります。その壁、屋根、床などに自分で手を入れて、木のモノ作りができる作業場としてようやく環境が整ってきました。これから、この元養蚕小屋で、どんなモノを生み出してゆけるのか、不安と期待が交錯していますが、できない事ばかりを考えて思い悩むよりも、まずはできる事から具体的に行動しようという気持ちでゆっくりと歩んで行けたらと思っています。
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