28年前、枕木の仕事場を建てるにあたり色々考えた挙句、建前までを大工さんにお願いする事にしました。その当日、柱の垂直を少しはなれたところから確かめて、「なから、いいじゃねーか」となったのです。これから生涯を共にするであろう我が工房。「なから」では困るなー、と思ったものです。
その後、当地に長く住むようになってこの「なから」という表現が、限りなく合格点に近い評価だと言う事を知りました。仕事が一段落して、お茶の時間となりました。一服して、さあ仕事再開という時に「さあ、やらず」の掛け声。えー、まだ始めないの?この反対言葉は、一説によると武田信玄が敵を欺く為に使ったとも言われ、よそ者は全く逆の聞き方をし、混乱する羽目になるのだとか。すっかり土地に馴染んだ今は、「さあ、やらず」と声をかけ、「なから」の茶碗づくりに励んでいます。
信州も長野市など北の方へ行くと、また言葉が変わります。
2004年4月から長野市在住の仲間たちと発行している「産直泥つきマガジン・たぁくらたぁ」もなんとか3号雑誌で終わることなく、5号まで、青息吐息でたどり着きました。信州人でも聞きなれない「たぁくらたぁ」とは、標準語にしてしまえば、「バカモノ」「オッチョコチョイ」「ノンキモノ」「ショウガネーヤ
ツ」とでも言うのでしょうか。編集委員のひとりはこどもの頃、学校帰りの畑でスイカを失敬して、畑の主に見つかり、どやされたそうです。「この、たぁくらたぁ」そしてまだ完熟していないスイカを取り上げられた後に手渡された、うれしさのあまーいスイカの記憶が今でも脳裏に焼きついているのだ
とか。
「たぁくらたぁ」の創刊号見開きに、杏の里・千曲市の方言で書いた「日本国憲法」を載せました。
その一部。「この国の人間(もん)は、これからは、なにがあらずが、よその国の人間を、殺したりしねだし。よその国もこの国もねだねか。どこの国の人間とでも丸くやっていかず。・・・」
「方言」の魅力とは、大上段の大義とは対極にある、身の丈の日常から思考する言葉の文化だと私は思っている。
本になりました。
「オラホの憲法9条」森 獏郎(板画)川辺書林 tel 026(225)156
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