公民館の成人学級で、蕎麦屋のご主人が講座を開いてくださり、陶芸教室の仲間達5人で参加しました。12年前のことです。
捏ねることはお手の物とあって、講師の先生もびっくり。初回からどうにかこうにか太めのお蕎麦を口に入れることが出来たのです。レシピは以下のとおり。
7割蕎麦(500g、5人前)
●蕎麦粉350g、小麦粉(強力粉)150g、水200cc
●こね鉢代わりのステンレスボールに蕎麦粉、小麦粉を入れ、水を加え良くこねる。
●球状にまとめた後、ビニール袋に入れ、30分寝かせる。(グルテンによる粘りが出る)
●のし板(ホームセンターのしなベニヤ、90cm角)の70%になるまで薄く広げる。
●厚みと同じ幅に切り、沸騰したたっぷりのお湯に入れ、一箸かき混ぜ、蕎麦が浮いてくるのを待って、冷水で〆る。
枕木工房のある天池地区は標高970mの高地で、戦後満州から引き上げて来た方たちが開拓した村です。このあたりでは800mが、米や果実の生育限界で、森を切り開いての開拓地は、当初、ジャガイモやモロコシ、それに蕎麦が主力の生産物だったようです。
つまり、開拓当初は、お米は贅沢品で、「日に一度は粉ものを食べた」という貧しかった頃の記憶に蕎麦は重なるらしく、開業当初(28年前)良く見かけた蕎麦畑もその後めっきり少なくなってゆきました。
これに歯止めをかけたのが数年前からの蕎麦ブーム。小諸でも、蕎麦による街おこしが進められました。しかし、バブル期の後遺症からか、最初に手を付けたのは「こもろ・そば」と書いた登り旗を蕎麦屋に掲げることでした。「本物志向」という美名の下、全国的に「偽者」が幅を利かせた時代の遺物です。「撒かぬ種は生えぬ」の言葉どおりまずは畑に蕎麦を撒く事が先決だと思うのですが。
そんな中、100年前の建物をリフォームし、土日限定で開業した「そば七」が注目を集めています。天池窯の器でお客様をもてなすこの店で使う蕎麦粉は、周辺の農家が提供、金曜の夜に自前の石臼で製粉するという、いたって真面目な蕎麦屋なのです。この成功例から「本物」こそが大事と改めて学んだ結果、近頃では、荒廃農地が蕎麦畑として生まれ代わり、初秋の高原を真っ白に彩っています。
浅間山の伏流水を水源とする小諸の水は冷たく、茹で上げた蕎麦がきゅっと締まり「うんまい蕎麦」にかかせぬ条件となっていますが、私は今、この小諸の水をエネルギーとしても活用することを仲間と一緒に進めています。
街中を流れる川沿いの水車小屋が復活する日が来るのも、そんなに遠くは無いかもしれません。
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