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トップページ > ライフスタイルコラム > バックナンバー手仕事のスピードで暮らそうよ その5
手仕事のスピードで暮らそうよ〜信州枕木の家から〜 「自然に調和して、気持ちよく暮らそう」 公害問題に関心の深い陶工、岡本さんが信州の小諸で手仕事の焼き物を行いながら語るエコロジカルなメッセージをお届けします。 その5
その5 絶滅危惧的豊かさ、見つけた

若い頃、2年間だけサラリーマンの経験をしましたが、組織という縦型社会に馴染めず、結局ひとりでものを作る道へと進みました。とは言え、やきもの作りも本来、共同作業。私が学んだ京都でも、小さな組織、いわゆる零細企業が主流でした。どこか違和感を覚えた私は、この仕事の本来の姿を知りたいと、ずっと考えていましたが、島と言う空間ゆえに、昔の形態を今に伝えている沖縄での研修を、独立後20年近くも経ってから2回経験させてもらう幸運に恵まれました。

沖縄の人間国宝、金城次郎さんは、壺屋(那覇市)で登り窯を焚けなくなったのを機に読谷村への移住を計画しました。受け入れ側の村は、たった一つ、共同窯(個人窯に対する言い方。かつては、個人の陶芸家と言う存在はなかった。陶芸家は昭和になってからの新造語。)であることを条件とします。村が個人に便宜を図れないことは当然としても、この決め事は、とても意味深いものだったのです。

ユイマールという沖縄言葉をご存知ですか。信州では、結い、えいっこ、などと呼ばれ、地域の共同作業や助け合いのことをこう言います。

ヤマトでは(本土のこと)、いまや登り窯はステータスになっていますが、燃料が薪しかなかった時代、やきもの作りは農閑期の現金収入を得る仕事。村落の里山から出た材木の背板を燃料にしたり、他にも土づくり、窯焚きなどの重労働は、ユイマールで営まれ、仕事を終えた後の一杯が決まり事でした。ここでは窯焚き前にお供えをして、「生まれますように」と手を合わせます。登り窯は母親の胎内なんですね。こうして共同窯が維持されたことで、沖縄にはヤマトが失ってしまった良き伝統が残りました。

小さな島の中で賄う沖縄のやきもの原料は、お世辞にも良質とはいえません。
そんな欠点の多い原料を一流のやきものに仕上げるには、先輩たちの長い苦労の積み重ねがあった筈です。京都で手解きを受け、25年の経験のある私も、ここでは、1年生。
自分の子どもぐらいの歳の若い職人さんを質問攻めにして、いろいろ教わりました。
学ぶ事の楽しさを久しぶりに味わう日々でした。

読谷村、「やちむんの里」には食堂兼、共同販売所がありますが、ここでの楽しいエピソードを一つ。
お世話になっていた、常秀工房の親方とおかみさんにここでお昼をご馳走になったときの事です。定番の定食、ゴーヤチャンプルを盛ったお皿を見て、おかみさんが「これ、うちのかねー」と、親方の答えは「さー、どうだろう」。

小さな島の沖縄、材料は皆、足元にあるものばかり。皆が同じ素材で仕事をしています。その上、ユイマールによる伝統技術の交流が日常とあって、自と他の区別がないのです。何と豊かな世界なんだろう、素直にそう思いました。それに引き換え、今のヤマトでは、人と違うことに価値があるように思われています。

たとえば、益子という産地で、益子にはない原料を持ち込み、益子焼らしくない物をつくると目を引く。マスコミが取り上げる。次々と新しいもの、珍しいものへと興味が移り、使い捨てられてゆく世の中。沖縄の豊かさに比べ、なんとけち臭い価値観なのでしょう。

右肩上がり志向の弊害にやっと気付き始めた今、去年と同じ恵に感謝して暮らしていた「無事が万事」の穏やかで、豊かな社会への回帰を目指して、まだまだ悪あがきが続きそうです。

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