沖縄からはるばる訪ねてくれた友人と入った地元の蕎麦屋に「地方発送承ります」という張り紙があり、「東京にも送れるのかねー」という話になって思わず二人で笑ったことがあります。ものごとを足元から発想するならば、東京といえども、沖縄と同等の地方と考えて何の不思議もないのですから、何の不思議も感じずにこの張り紙を書いたこの店の御主人は、たいしたものだと言う結論に達しました。
地方について考える場合、中央との対比にばかり目を奪われることなく、その土地の風土についてしっかりと把握する事が大切です。
小諸は全国的にもトップクラスの日照条件に恵まれた土地柄なのですが、この土地で生まれ育った人達には足元の宝物は、当たり前すぎて認識しづらく、かえって私のようなIターン組の方が気付いたりするようです。
お天気まかせと言う言葉があります。ましてや、お天気屋と言われれば、褒められたと思う人はいないでしょう。お天気次第でころころ変わる日和見主義的思考法はそれ故、否定的に捉えられてきました。
全自動洗濯機と乾燥機の組み合わせは、全天候型の「文明の利器」です。これらの普及によって、「洗濯日和」という言葉が死語になってしまいました。
とはいえ、地方では3世代同居の家庭もまだ多く、「雲行きが怪しいので洗濯物おねがい」と言って出かけられる環境もさほど珍しくありません。なにより、紫外線消毒済みの衣類には、抗菌処理など不要で、太陽のぬくもりの残るTシャツに袖を通す瞬間、ひだまりの匂いのする布団にくるまって遊んだ、子供の頃の記憶がよみがえります。
私は、お天気の良い日には、仕事の合い間に飲むコーヒーを、ソーラークッカーで沸かしています。
これは、パラボラで反射させた太陽熱を黒塗りのやかんに集めて、1リットルの水を30分で沸騰させる優れものです。皆さんは、この時間、長いとお感じになりますか。喫茶店で注文したコーヒーをこれほど待たされたら、きっと怒り出しますよね。ところが、太陽の沸かすコーヒーをゆったりとした気持ちで待つこのひとときは、日頃の喧騒をしばし忘れて、私達を「日時計の時間」に連れ戻してくれる贅沢な時間なのです。
だから、日照時間の長いこの土地で、友人が開発したソーラークッカー「きらぴか」を、私は「太陽印良品」と言ってすすめています。それでもたまには、「曇りの日はどうするの」と意地悪な質問をする方もいますが、100%を望まないのが日和見主義者の真骨頂。使えない日があってこそ、お湯が沸いた日には、お天道様に感謝の気持ちが湧いてくるというものです。こんな日を私は、「きらぴか日和」と呼んでいます。
かつては、お天気に合わせて暮らしていた私達ですが、日和見生活を捨てた今では、気象条件が変わっても、生活スタイルを変えずに、エネルギーの力で、闇雲に強行突破しようとする硬直化した暮らしが一般的になってしまいました。
石油エネルギー依存症の現代文明(石油文明)は競争と戦争の文明。
物事を多面的に捉えれば、お天気に生活のリズムを合わせる「日和見生活」こそ森羅万象と共に有る、平和で穏やかな暮らしと言えます。
そろそろ、「太陽文明」への回帰を考える時です。
ところで、お天道様の有難さを最も実感するのは、畑の恵。今年も我が家の自給畑は、豊作です。なかでもお気に入りは、冒頭に登場した沖縄の友人から教わった、ゴーヤとナーベラーです。後者は鍋洗い、つまりヘチマのこと。豚バラ肉をゆで、そのゆで汁で、皮を剥き1センチ厚に切ったヘチマをゆがきます。そこへ、豚バラ肉を戻し、味噌を加えて出来上がり。独得の食感のナーベラーはやみつきになるかも。
一度お試しあれ。
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