ある日のことです。といってもそれは12年前のこと。
私一人しかいない自宅兼事務所に一本の電話がかかってきました。
「はい、サンネット事務局です。」
「あのぉ、サンネットの会員になりたいんですけど。」
と女性の声。普通に考えると嬉しい問合せです。しかしその一言の物言いから攻撃的な雰囲気がビリビリと伝わってくるのでした。
当時、私は“サンネット大宮”という地域に密着したパソコン通信を運営していました。そのネットは地域密着というコンセプトで技術的にもビジュアル操作で通信ができるというものでした。まだOSがウィンドウズ95以前でパソコン操作はコマンドラインで行っていた時代ですから、今では当たり前のマウス操作で通信することができるだけで注目されたパソコン通信の一つでした。
「ありがとうございます。それでは、入会操作は全てオンラインで行うことができますので、その操作方法を説明させていただいてもよろしいでしょうか?」
普通の入会問合せであれば“はい、お願いします”という声が返ってくるはずです。
「説明してもらってもいいですけど。マウスをどうやって使えと言うんですか!?」
私の頭の中は???です。
もしやマウス操作から説明しなくてはいけないと思うと、正直厄介だなあという思いが走りました。
その女性は言葉を続けます。
「こういうネットはみんなが使えるようにするべきじゃないですか!私たちにはビジュアル操作はできません。あなたはそれでもいいと思っているんですか!?」
私はさらに????となり。少し憤りも覚えてしまいました。
「このサンネットは、パソコンに不慣れな人でも、だれもが使いやすいようにと考えて簡単なマウス操作で通信ができるようにしているんですけど!!」
誰もが参加しやすい地域ネットとして、簡単に操作できるビジュアル通信はこだわりの一つでしたからその思いをそのままぶつけてしまいました。
「そうですか。でも私たちには使えません。目が見えない人間は参加できなくてもいいという考えなんですね!」と、その女性の言葉には、言ったところでどうにもならないだろうという諦めと怒りが混じっていました。
その言葉を聞いてやっと私は事態を飲み込むことができました。しかし、同時にそれより大きな困惑が襲ってきました。
それまで視覚障害者をたまに見かけることはありましたが、目が見えない人と実際に言葉を交わしたのはそれが初めてのことでした。これは今の社会システムに問題があるのか自分が避けていたのかは分かりません。
それからどう対応したらよいか迷ったものの、失礼になってもいたしかたないと腹をくくって、率直な疑問を次からつぎに投げかかました。
目が見えなければそもそもパソコン事態が使えないのではないか。使えるとするとどうやって使うのか。パソコン通信をやっているのか。パソコンは役にたっているのか。何の為にパソコン通信をやっているのか。などなど。
答えはこうでした。
目が見えなくてもコマンドベースのパソコンであれば音声読み上げソフトを使って自由に使いこなすことができる。パソコン通信はニフティサーブ(富士通が提供していた当時会員数150万人位のコマンドベースのネット)でやっている。パソコンは記憶箱であり自分の頭の一部になっている(この時はこの意味が分からなかった)。パソコン通信上の世界では障害者と健常者の区別がないので偏見を感じることなく交流できる。
聞いた全てが自分が見過ごしてきたことで知らなかった世界でもあり衝撃的でした。
結局、いろいろ聞いたところでビジュアル通信では参加出来ないことに変わりなく、その虚しさは増すばかりでした。
ただ、知らぬ間にその女性の言葉は本来のやさしい声に変わっていました。
「そうだ、せっかくですから是非サンネットに参加してください。まずは自己紹介のコーナーがありますのでそこにメッセージを書いてください。私にメッセージの内容をメールで送ってもらえれば私が代わりにアップします。そしてそのコメントはメールで送り返します。」
それがハニーさんとの出会いです。(ハニーというのはネット上でのハンドルネームです。)
それから数ヵ月後、ハニーさん宅を訪問しました。
ご主人も同様の視覚障害者で、お二人でマッサージ店を営まれていました。
そこではパソコンがあたりまえのように使われていて、顧客管理などもご主人自らプログラミングして作ったソフトを活用するなど、人間のかくれたパワーを見たような気がしました。
パソコンは生活に役立ちますかと聞くと「私たちはノートが取れないからパソコンに記憶させています。もしこのパソコンがクラッシュしたら自分の頭が半分なくなるようなものです。」とご主人。
パソコン通信に何を期待しますかと聞くと「ネット上では、私は一人の普通の女性です。」とハニーさん。
あれから12年が経ちました。
あの頃は一人だったし、まず力がなかった。
今だったら何かできるはず。もう一度チャレンジしてみようと思う。
もう10日ですが、今日はビアススタッフ全員そろったことだし、まずは“明けましておめでとうございます。”ですね。
今年のビアスはなんでもこざれってかんじで突っ走りますよ。実際、一人3役はこなしているのでしゃれになりませんが、当初の目的を見失うことなく何でもやる気合で行こうと思っています。ということで皆様方よろしくお願いいたします。
さて、この正月の細木和子(占い師?)のテレビ番組にホリエモンことライブドアの堀江氏が登場していたのでつい見てしまった。占いに興味はないのだが細木和子の「もっと亭主を大事にしなさい」なんていう発言があるときは、その通りだと妻を近くに呼び寄せそのままテレビを見ている。偉そうな説教になるとチャンネルをすぐに変えてしまうけど・・。
今回は堀江氏が登場していたので当然のように話はITにもおよび「ITは実態がないから・・・実体のあるものが欲しくなるのよ。だからテレビ局に・・。」と、ちょっと引っかかることを言っていた。
それから数十分、“ITは実態がなくても力があるんだよ”“じゃなきゃ時価総額があんなにあがらないだろう”“みんなそれを感覚的に感じているんだよ!”“実態がないと言えばこの世はどうなのよ”“リアルなもの作りなんて全産業の何割あるっていうんだ”“環境的にも非物質化できるものはしなきゃいけないでしょう”“バーチャルの中でのリアリティは偽物っていえるのかよ”などなど、大仏様のような顔を目の前にしては言えない独り言の間に番組は終わっていた。
ということ、今年は私たちの提供するITに社会を変えるパワーを吹き込んでいきます。
2005年も残り数時間となった。ゴミを車に積んで捨て、子供と遊んでやり、妻にいいように使われて年末のノルマも終了、そろそろ日本酒でも飲みながら紅白を見ようかいや格闘技PRIDEも捨てがたいぞと悩んでいるところである。
しかし、筆不精はブログなどやるべきではないのだろうか。
自分の文章力のなさに嫌気が差し、最後の書き込みからアッという間に2ヶ月がたってしまった。
とはいえ、無駄に2ヶ月を過ごした訳ではない。自慢するわけではないが、国語が“2”だった人間が、少しでも己の文章力をUPすべく、今までほとんど触れることのなかった『文学作品』を読み続けているのだ。それは今映画化されて話題の三島由紀夫の「春の雪」から始まる。そう、そしてそれが更に筆不精に輪を掛けてしまったというまさにこの世の不可思議に直面してしまったという可笑しなお話である。
まあ、努力だけでは到底到達できない世界があるんだなぁあ、もう書くのはやめようかなぁあなんて思い悩んでしまって・・・、作家になるわけでもないのに少し大げさかぁ。へっへ。
さて、大晦日だし今年一年を振り返ってみようかしら。
う~ん、困った。真剣に振り返るといろいろ思い出してピタッと筆が止まってしまう。やっぱり1年は短いようで長いのだ。書くに書けない。
エイッ、10年たったとしよう。すると、「2005年は、ネット業界に環境旋風を巻き起こした“株式会社ビアス”の記念すべきスタートの年!」と社史に記録されるにちがいないということで、てなもんで。
過去はまあいいや。
来年もみんなにとって輝かしい一年になりますように。そうなりますように!
朝起きて窓を開けると外は霧だった。
10m先がうっすらしか見えない程度の視界だ。おお、ホワイトアウトだ、なんてのん気に真っ白な世界を見わたしていると、「そうだ、今日10時のアポ。このままじゃ間に合わない!」と我に返える。
駅まで約10km。時速60キロで10分、時速10キロでは1時間もかかってしまう。
寝ぼけた頭でボケ防止レベルの計算をしながら朝支度を急ピッチで済ませ車に飛び乗った。
“悠々と急げ”どこかで聞いたようなセリフを口ずさみがら、時速20キロで、いや体感速度100キロの猛スピードで車を走らせた。
全神経を前方視野に集中。スリリングというより怖い。
怖いながらも集中力が高まる心地よさを感じ出していたのだが、駅に近づくにしたがい霧が晴れてきた。
まあそれだけのことだけど、霧についていろいろ思いをめぐらせ、縺れた糸もほどけ出すと早いように霧も晴れだすと早いものだと思ったり、場所の問題だったとすると、そんなときは人生じっと待つより居場所を変えるのが早道なのかなんてことを思った次第です。

曇り。
朝の出勤前、玄関を出ると雨が止んでいたので裏の畑を観察。
長雨のせいか、大根,小松菜,シュンギク、どれも生育状況がすごく悪い。
種まきが少し遅かったことも原因の一つだろうが、もう少し晴れの日があってもいいだろうにと恨んでしまう。
一方、畑のあちらこちらでは、こぼれ種から芽を出した白菜と大根が葉を茂らせている。
どういう訳かこちらは元気いっぱいだ。
こぼれ種の親は一代限りの交配雑種を植えたものである。この場合、親野菜と同じようにならないと聞いているが、今後どのように成長するのか観察してみることにしよう。
写真:こぼれ種で育った大根など。
明日、いよいよBE-JOBのオープンだ。
オープン前日なので、スタッフ全員が休日出勤である。
確認作業を再度行うのだ。
全員が席につき、一斉にテスト作業を開始した。
PM2時のことである。
“なにも問題なし。今日は前夜祭といこう!”
と、そんな声を期待していた。
30分程経過した。
すると。みんなから余裕の表情がなくなっていた。
想定外のバグが見つかったのだ。
それから9時間半が経過した。ただいまPM11時30分。
やっと皆に笑顔が戻った。
明日無事オープンである。

晴れ。
出勤前に裏の畑を観察。
五日前に植えた、大根,小松菜,シュンギクが一斉に芽を出していた。種まき直後から雨の日が二日続いたのが良かったようだ。
そういえば、去年の大根は悲惨だった。やっと15センチ位まで育ったころ、大量に虫が発生しびっくりするくらい跡形もなく全て食い尽くされた。ほんの一日の出来事だった。
それから種をまき直したのだが、気温が日に日に低くなってきて成長が途中で止まってしまった。
秋植えは、時期が早すぎると虫にやられやすいし、タイミングがちょっとでも遅れると、その後の生育に影響がでる。んーん、なんだか面白いものです。

9月23日
曇りのち雨。
畑作業に時間を取れない日々が続き畑は荒れ放題。
午前11時頃から裏の畑の草刈をする。
約1時間半で草刈終了。
その直後雨。
やっと草刈機のコツがつかめて来たことに満足する。
24日
曇りのち雨。
もう裏の畑は止めてしまおうと思っていたのに、草刈りするとなにか植えないと損する気持ちになった。
というわけで、大根,小松菜,シュンギクを一畝づつ植えた。
大根は40センチ間隔で2列に、小松菜とシュンギクは畝に種をばら蒔いた。
またもや無農薬・無肥料でどうなるか楽しみ。
種まき直後に雨。雨がうれしい。
25日
雨、夕方からやっと曇り。
5歳の子供と川へ出かけようと思っていたのだが残念。
家の中で子供専用の短めの竿に仕掛けをセット。
来週、ハヤが釣れる川へ行くことを約束。

明日お休みをいただきます。利根川源流への釣りです。
新会社としてスタートしたばかりのこの忙しい時期に休むのは本当に気が引けますが、今回の連休を逃すと今年の渓流釣りは終わってしまうのです。
事業立ち上げは全員営業スタイルで行くという方針についてきてくれ、技術者までがアポ取り電話をしているビアスのスタッフ諸君。申し訳ない。いや、本当にありがとう。
写真は、2ヶ月ほど前にセラク幹部社員K君と奥利根湖に行ったときのものです。
釣った魚を焚き火で焼いたり、アルミホイルで簡単な料理を作ったりながら、明るいうちから真夜中まで大いにお酒を飲みました。
(明日は、この奥利根湖の別の沢に入る予定です。今回は一人です。)
さて、深夜にさしかかった頃のこと。
「いやあ、最高ですね。焚き火でお酒は最高ですよ!」と、K君。
ぼくはまったく同感だったのですが、いつものK君の言葉とは思えません。
「焚き火で飲むのと女の子のいる店とどっちがいいい?」と、ぼく。
「なんでなんですかねえ。こういうお酒を飲むと、いつも歌舞伎町で飲んでるのが虚しくなりますよ」
ほおっ、と思いつつも。
「でも、もしさあ。お互いにタイプの女の子が、ここに一人いたとするよ」
K君がぐっと乗り出してきた。
「それで、二人の間に座っているとするよ。K君、どうする?」
「わからないようにこっそり手をつないで、先手を取ります。」
なるほどなるほど、いつもと同じである。
それから更に酔いが回り、ここに書けないような話までエスカレートしてしまいました。
そして、鬼火(芋焼酎)とマッカラン12年のボトルが空っぽに。
「でも、こんな山奥に可愛い娘がついてくるわけないですよね。わっはっは・・・。」
と、K君自ら締めくくり、二人して地を這いながらテントの床につきました。
翌日地獄だったのは言うまでもありません。アウトドアでもお酒は程々に。

晴れ。
紫蘇(シソ)が花を咲かせていた。
シソは一度植えるとこぼれ種で雑草並みに自生するので、ぼくは大好きだ。
この葉っぱが数十枚入りのパックで売られているのを見るのはもっと好きだ。タダみたいな葉っぱがわざわざ売られているのだから、しかたがない。
そのシソの葉の用途はいろいろあるだろうが、家ではシソの種を塩漬けにして利用している。保存も効くので薬味やお茶漬けに重宝する。
今朝、そのシソが花を咲かせていた。
とんがりコーン状の芽の塊は、枝の先だけでなく節々のいたるところから出てくる。そして、それは縦に伸びながら下のほうから順に花を咲かせていく。
その花の総数は数え切れないほどなのだが、花が小さいせいなのか、緑の葉に対して花の領域が少ないからなのか、せっかく花も人の目にとまる事はほとんどない。
近づいてよく見ると、白くて可憐な花なのに。残念!