株式会社ビアス社長ブログ、2004年08月の記事です。

2004年08月26日

電子レンジが消えた日

カテゴリー:雑文


電子レンジが台所からなくなって一ヶ月が経ちました。

一ヶ月前。
連日飲み明けの休日の朝、ウッドデッキの椅子にもたれ庭のトマトを眺める私に、頼みもしないのに妻がコーヒーを運んできました。そして「台所をもっと使いやすくしたいんですが・・」とうやうやしくコーヒーを差し出します。。
警戒して椅子を離しながら話を聞くと、今の台所は狭くて使いづらいので、整理する棚を作って欲しいと声高に言い始めました。
全く気が乗らない話です。妻よ、整理棚が増えたって、君はそこをゴミだらけにするんじゃないんですか?
しかし、今週は飲み過ぎて家に帰らない日も多かったし、理由もなく無視するとひどい目に合わされるので、なんとか気合いを入れて頭を仕事モードに切換えました。
妻を我がままなクライアントに見立て“どういう問題を抱えているのか、何をどうしたいのか”ヒアリングするのです。場合によっては丁重にお断りしなければなりません。
必要以上に丁寧に言い寄ってくる人間にはいつでも要注意です。

“あのね、切り分けた食材を置いておく場所が欲しいの”、“それと、作った料理を置いとく場所が欲しいの”、“そうそう、料理の本を広げる場所も欲しい“あ!粉を混ぜたりする作業台も欲しい、欲しい”などと、妻はここぞとばかりにまくしたて、話を永遠に続けます。
“今までどうしていたのだろう“という大きな疑問も湧きましたが、
「つまり料理作業をする充分なスペースがまず欲しくて、よく使う穀物類、香辛料、コーヒー豆や本などは、手を伸ばせば使えるようにオープンな棚に置いておきたいと言うことでしょうか?」と丁寧に聞きました。
「そうそう、そんな感じです。」
妻はとても機嫌が良くなりました。
そうです、私はWEBインテグレーターとして顧客本意を実践する営業のプロでした。
さて、問題の台所を改めて見ると、冷蔵庫、食器棚、米びつが一体になった電子レンジ台、収納ボックス、ゴミ箱などが所狭しと並んでいます。そして、少しでも空いているスペースには、梅干しの瓶、ジャガイモ、洗った牛乳パック、飲むことのない果実酒などが押し込まれていました。
私は“何やってんだよ!!”と大きな声になりそうでしたが、“妻は、いやお客様は神様だ”と自分に言い聞かせ、妻の要望の真意を理解し改善のために真剣に考え込みました。

最初に目に止まったのは、レンジ台でした。
これは、米びつ、引き出し、棚までついていて、一見便利そうに作られていますが、その小賢しさが、人の想像力まで阻害しそうで胡散臭く見えました。だいたい電子レンジで“チン”して温めたものを、私は好きではありません。
電子レンジなどの電化製品は、使ってみると確かに効率的で便利です。しかし、それに依存するようになると、縛られて自由さが失われるように思うのです。
そして、食器棚。
この中には、大皿、小皿、どんぶりや茶碗、それに引き出物でいただいた品々が、凸凹と並んでいました。
あと、冷蔵庫。
これは私の背丈ほどある大きなもので、中身をぱんぱんにしておけば、周囲を包囲されても、家族が一ヶ月サバイバルできそうな気がしました。
私は、それらのものを全部捨てたくなりました。
整理棚を欲しいと言われたからといって、それをそのまま鵜呑みにしては仕事師と言えませんし、手の込んだものを作るのも辛いです。
(さて、どうしようか・・・丁重にお断りしようか・・・)
妻の要望で一番強かったのは、作業スペースの確保でした。
(そうだ!迷うことはない。一番の解決策は全部撤去することだ!)
「うちにはこんなに食器はいらない。ここに食器棚も必要なし」
とレンジ台は処分して、電子レンジは倉庫行き。食器棚は隣の部屋へと移動しました。そして、空いたスペースに幅180cmのシンプルなテーブルを作り、壁面には同じ幅で2段の棚を取り付けることにしました。
テーブルと棚の材料費は、合わせて約8000円と、思ったより安くあがりましたが、室内で使うものは、あまり貧相な作りにはできないので、釘穴を目立たなくしたり、サンドペーパーで表面を仕上げて塗装したりと、予想以上に時間がかかりました。
電子レンジのことはさておき、大きな作業台ができただけで、妻は大喜びしてくれました。
「今までの不便さがなくなった!」
クライアントが満足してくれて、私も(やってよかった)と思いました。

そして、あれから一ヶ月。
電子レンジがなくなったからといって、遅く帰った夜や残りご飯を食べさせられる朝に、冷たいご飯がでてくることはありませんでした。
もともと料理をしない私としてはなにも不自由を感じませんが、てきぱきするタイプではない妻は?というと・・・
「レンジがないおかげで、料理の幅が広がったみたい」
と思いがけない一言を漏らしてくれました。

投稿者 Hiromi : 21:16 | コメント (0)

2004年08月18日

自転車散歩帰りのOSストアー

カテゴリー:雑文


中学3年の息子が「うちはコンビニが近くにないし、そうかといって大自然に囲まれている訳でもなく中途半端なとこだよね。」と文句を言ってきたことがあります。
半分は言い当てているのですが、生意気だったので「いつでも出て行っていいぞ」と本気で言ってあげました。

ところで、一番近いコンビニまでは約3kmです。大きな声ではいえませんが、私がコンビニに行くのは、ほとんどが雑誌の立読みです。
ちょっとした食材や雑貨が必要な時は、コンビニと同じ通りにあるOSスーパーに行きます。そのスーパーは、コンビニをちょっと大きくしたくらいの広さで、地元の地酒や野菜が置いてあります。
そこは時代の波に押しつぶされることなく、よく残っているなあと感心するような昔ながらの風情があるお店です。

私は、休日「なにもやる気がしないなあ」と思うと、愛するロードバイクに乗って近所を半日ほどぶらつきます。
時間がない場合、荒川土手の自転車道に足を向けます。その自転車道は50Km下流まで続いていて、車も通らず、風を感じながら自転車漕ぎそのものを楽しむのにはなかなかいいところです。
この休日、その自転車道に行って来ました。今日は一日寝てすごしたので、運動して美味しいお酒を飲もうと思ったのです。土手の自転車道は視界が広くてとても気持ちがいいのですが、出会いや発見は少なくて何度かいくと飽きてしまうという欠点があります。
この帰り道にOSスーパーはあります。
いつものようにこのお店に立ち寄って、隣町の地酒、塩辛、缶詰、酎ハイみたいなものを買いながら、(今晩のオリンピック観戦用のお酒は準備できた)と、レジに向かいました。
そのレジには、80才過ぎのいつものじいさんがランニングシャツ一枚で立っていました。そのじいさんがこのお店の店主です。
私は、このレジの前ではいつもヒヤヒヤしてしまいます。    

商品の入ったカゴを置くと、じいさんは、品物を遠くにしたり近くにしたりしながら、
「これ100円ね、これ200円ね。いや194円だったかな。」
と小声で言いました。
(あれ、値札はどうした?ついてないじゃないか。大丈夫なのか?)
私はなす術もなく黙っています。
じいさんは、
別の商品を右手に持って、
「ええ、これは・・・」
と困った顔をしました。
私が
「ここに書いてありますよ」
と教えてあげると、
「あ、348円ね。」
と明るい顔になりました。
(あれれ、345円て書いてあるのに。3円損したなあ、まあ3円くらいいいや)
これがもしコンビニだったら、3円とはいえ「おい、間違ってるだろう!」と言うところですが、私は、このじいさんにレジを打ち直しさせるという大罪を犯すことはできませんでした。
そして、なごやかに無事会計が終わったかにみえましたが、じいさんは商品を袋に入れながら
「この塩辛の賞味期限は確認したかい?」
とちらりと私を見ました。
「はあ?」
じいさんと私は賞味期限が8月5日なのを一緒に確認しました。
「あれ、過ぎてますね!」
と私が言うと同時に、
「なんだ大丈夫だね」
と、じいさんが大きな声で言いました。
(あれ、今日は8月15日だったよなあ。あれ7月だったっけ。いやお盆だったし今日は8月15日だ)
私が心の中で葛藤していると、
じいさんは
「塩辛は大丈夫だよ」
と自信に満ちた笑顔で言い放ちました。
(3円の損かと思ったら、ひょっとして358円の損なのか?いや食べればいいんだ、食べれば)
と私の葛藤は続いていましたが、
私はそんな小さなこと気にもしていませんよと、思われたくて、
「そうですねえ」と笑顔で応えながらお店を出ました。
まったくなんど行ってもヒヤヒヤさせられます。

誤解がないよう添えておきますが、レジで安く打ち込んでしまったときなど、まあいいや「まけとくよ」といって値引いてくれたりもします。

目の前は、きれいな夕焼けです。
「息子よ。こんなスーパーがあるんだから、ここもいいとこだろう」とつぶやきながら、田んぼの細道を自転車漕いで帰路につきました。

投稿者 Hiromi : 12:10 | コメント (1)

2004年08月06日

隣りの神社

カテゴリー:雑文


私の家の隣りには神社があります。
そこは、ひっそりとした小さな神社なのですが、境内にはヒノキと杉がころよい間隔で伸びていて、地面にはコケと玉龍が自生し、ところどころヤマユリが咲いていたりと清らかな雰囲気につつまれています。

休日の朝、サンダルとパンツ一枚で庭に出ている私は、ついその格好でふらっと神社までも行ってしまって、変質者と間違えられても仕方のないところなのですが、まあ今のところ大丈夫でいます。
というのも、早朝に会う人といえば、いつも境内をキレイに手入れしてくれている近所のMじいさんと犬の散歩のご近所さん2、3人といったところで、パンツをはいていれば一応問題ないようです。

ところで先日、Mじいさんにお土産の饅頭をもっていきました。
すると翌朝、Mじいさんが出勤時間に道路に立っていました。
Mじいさんは、「饅頭のお礼だよ」と言いながら家の前の路肩の草を刈り始めました。
私からすると
(饅頭2個で、この草刈りでは割が合わないだろうに・・・)
と申し訳ない気持ちで一杯なのですが、神社にも面するこの道路の草がずっと気になっていたようなMじいさんは、家のテリトリーの草を一本残らず刈り取って、すがすがしく汗をぬぐいました。
もしかすると饅頭のお礼というより、半分は草刈りの口実だったのかもしれません。
私は、これからも口実のためにも機会があるごとに何か持っていっていこうと思いました。
(私を含めここの近所の人たちは、いつも神社やその周りをきれいにしてくれているMじいさんに心から感謝していることを補足しておきます。)

この草刈りのことをうちの妻がSばあさんに話したところ、
「うちもやってくれればいいのに」
と寂しそうに言葉をもらしました。
それでなりゆき上、草刈りを普段頼んでもやらない妻が、Mばあさんと一緒にやったというから驚きです。

ところで、その神社には井戸があります。その井戸の屋根は柱の老朽が激しく今にも崩れそうでした。
一ヶ月ほど前の朝、めずらしく騒がしい音がしたので、外に出てみると井戸の屋根部分が剥ぎ落とされていました。
解体し廃材を捨てるくらいなら譲ってもらおうと近づいて聞いてみると、残念な・・・いや嬉しいことに
「この屋根は、明治時代前半に造られたものだから、少しでもいかせるとことは活かして改装してほしい。」
と依頼されたということでした。
大工さんは、全部作り直したほうが早いんだけど、と言いながら、古い柱の朽ちたところをカットして新しい木を巧みに接いだところを見せてくれました。その姿は少し誇らしげでした。

屋根の改装を終えた後、修理した継ぎはぎだらけのコントラストを美しいと思うかどうかは人それぞれかもしれません。
しかし私は、夕暮れにそそり立つつぎはね屋根を見ながら
「私は時間をかけて仕事をすればするほど、長持ちする仕上がりになると信じていました。」
というヘンリー・ソローの言葉を思い出していました。

投稿者 Hiromi : 13:36 | コメント (0)

2004年08月03日

草刈り行事

カテゴリー:雑文


この日曜日は、地区行事として行われる年に1度の農業用水路の大そうじ(草刈り)でした。
朝8時に、長靴に長ズボン・軍手のいでたちでおのおの草刈り鎌を持参しての集合です。この地区で鎌を持っていない家はありませから当たり前のことなのですが、「やっぱり鎌は持参だったんだ!」と、ほっとしました。前に住んでいた自治会では、鎌は用意されていたからです。

見渡すと約60世帯の家長(じいさん)もしくはその奥さん(おばあさん)が、大小さまざまなよく砥がれた鎌を片手にたむろしています。同世代も数名いますが、ほとんどが私よりかなり年上です。
私は会社ではおじさんの部類に入れられてしまいますが、ここでは「にいさん」と呼ばれる青年なのです。

さて、区長さんの「いつものように!」の一言で草刈りが始まります。
用水路の草刈りは、上流2コース、下流1コースにそれぞれ分かれて行くのですが、「1班2班は上流右コースをお願いします。3班4班は・・・」などと、細かく仕切られる訳ではありません。

最初に参加したとき「え、僕はどうしたらいの?」と訳もわからず上流左コースに行き、去年は下流コースに行きました。どのコースも約1キロメートルくらいです。草刈りの要領は、5メートル間隔で人が入り、その場所の草刈りを終えると先頭に行き、また草刈りをするという感じでどんどん前に進んでいきます。
去年、下流コースは早く終わってしまい、上流組みが帰ってくるのを待っていたような覚えがあります。そんな訳で、今年も下流に行こうかと思いもしましたが、結局終わる時間は同じだと思い直し、今年はメダカが多い上流コースに加わりました。

この草刈りは用水路の中を進軍していくので結構大変なのですが、80歳を過ぎている近所のMじいさんは私より元気に鎌を振りながら「メダカもずいぶん増えてきたねえ」と満足げに声をかけてきます。
途中2回ほど休憩しましたが、「は〜い、休憩しましょう!」とか「さて、始めましょうか!」などと仕切る人は誰もいません。すべてなんとなく進んでいきます。つい効率とか生産性とかを考える癖がついているので最初は戸惑いましたが、これはこれでなんとも居心地がいいものです。

休憩中は世間話しに花を咲かす人、鎌を砥ぐ人、もの静かな人さまざまです。
「ちょっと鎌を見せてごらん」といわれたので鎌を渡すと、刃をチェックされ「これはどこで買ったんかい?」と聞かれました。正直にこたえると「そこはいかん。○○がいいのを置いてある。」と言いつつ柄の形はこういうのが良いと自分のものを見せてくれました。田舎暮らし初心者というオーラが私にただよっていたに違いありません。

途中、ある一角だけ真緑色に茂った田んぼがあったので、そこを眺めていると、一人のじいさんが「おたくは○○さんところの息子かい?」と話し掛けてきました。
「いえ・・・」というと、「ほれ、その田んぼの横は雑草がすごいだろ、そこの土地は自分のものかどうか聞きたったんだけど・・・親父が死んでからどこが自分の土地やら分からなくなってねえ・・。」と言っていました。浅ましい私は、「その土地をくれ」と心の中で叫んでいました。

約2時間の草刈りが終わってみると、約1キロの用水路の地図が頭に入り、メダカの多い場所をくまなく把握できてかなり得した気分でした。後でメダカをすくいに来ようと思いました。
集合場所に戻ってみると、プラタナスの木陰にゴザが広げてありました。そういえば去年もそうでした。朝の10時からお酒が出てくるのです。
ここで隣り合わせたのは、1年ほど前に引っ越してきた私と同じ新参者のNさんです。Nさんは井戸が干上がり水に苦労している様子でした。5日に一度、ちょっと離れたところにある○○名水を1トンほど汲みに行くと話していました。「タンクを2メートル上げただけでは水圧が足りなくて、ポンプを買ってきて・・配管を・・」と、大変そうに聞こえましたが、Nさんもあれこれ作るのが好きみたいだし結構楽しんでいるに違いありません。

汗をかいた後のビールだったせいか、酒好きの人たちは朝から酔っ払ってしまい、もう仕事にならないと言いながら皆帰っていきました。
私は酔って元気になってしまい、引き続き庭の草を刈りました。そして、自慢できるほど鎌の刃を砥ぎなおし、Mじいさんの刃を砥ぐ様は格好良かったなあと思いつつ昼の眠りにつきました。

投稿者 Hiromi : 19:09 | コメント (0)

2004年08月03日

ビアスオープン

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健康・環境関連の自社サイトの立ち上げを決めたのが、5月中旬だったと思います。それからサイトの名称を社長に考えてもらい「ビアス」プロジェクトはスタートしました。
この2ヶ月をふりかえってみると、本当にいろんな方々のご協力を得て、本サイトはオープンすることができたと感じています。
インタビューにご協力いただいた後もいろいろ情報を届けてくれた川内たみ様、サイトの主旨を理解していただき快くコラムを引き受けていただいた岡本一道様,広田行正様,広田千悦子様、実際の田圃や有機栽培普及の一環として小学校でのバケツ苗栽培教育の現場などに案内いただいた魚沼ゆうきの方々、また本業の合間に本サイトの制作・開発を短期間でやり遂げてくれたセラクのスタッフに、この場をかりてお礼を申し上げます。有難うごいました。

ところで、本ブログは私自身が、どちらかというと時間優先の仕事と田舎でのスローな生活の狭間で感じたことを思うにまかせて書いていきます。

ビアスはまだ一歩を踏み出したばかりですが、、今後とも皆様のご支援をよろしく願いいたします。

投稿者 Hiromi : 16:10 | コメント (1)